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田上嘉一超公式ブログ

共謀罪は危険なのか 共謀罪でテロは防げるのか

 共謀罪をめぐる議論

 

今度の国会で、共謀罪を含んだ組織犯罪処罰法の改正案がようやく提出される見込みです。

過去に3度も廃案となった共謀罪ですが、今回は「4度目の正直」ということで次の国会での審議に入る予定です。 

ちなみに「共謀罪」というのは、マスコミが便宜的に呼称しているものでして、今回の法案では「組織犯罪集団に係る実行準備行為を伴う犯罪遂行の計画罪」という犯罪類型を新設し、その略称を「テロ等組織犯罪準備罪」と呼ぶことが予定されているようです。

そもそも、犯罪の合意という段階での処罰を可能にするための法制度を設けるのは、2000年に日本が国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(国際組織犯罪防止条約)という条約に調印したためです。

この条約は、文字通り国際的な組織犯罪を防止することを目的とするものですが、その2条で、共謀罪か参加罪の創設を批准の要件としているのです。

ちなみに前者はアメリカやイギリスなど英米法におけるコンスピラシーをベースとしており、後者はフランスやドイツなどの大陸法系と親和性があるものとされています。

 

報道によれば、今回提出予定とされる法案では、適用対象を「組織的な犯罪集団の活動」とし、団体のうち,その結合関係の基礎としての共同の目的が死刑若しくは無期若しくは長期4年以上の懲役若しくは禁固の刑が定められている罪等を実行することにある団体をいうと定義するとされています。

また、犯罪の「遂行を二人以上で計画した者」を処罰することとし、「その計画をした者のいずれかによりその計画にかかる犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の当該犯罪の実行の準備行為が行われたとき」という要件を付しているとのこと。

 

これに対して、反対派は相も変わらず、居酒屋で上司を殴るという話をしただけで処罰されるとか、マンション建設に対する反対運動の協議をしたら処罰されるなどと言っていますが、これらは荒唐無稽な話で、法律の現実的な適用からしてありえないことです。

確かに法律には一定の解釈の余地が残されていますが、それはどのような法律でもあてはまることで、今回の件だけことさらに取り上げるのは、まさに批判のための批判をしているからでしょう。

日弁連は、新しい犯罪類型を設けなくても条約に批准できるとか、条約の批准について国連が審査するわけではないなどということを理由に反対声明を出していますが、

日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:日弁連は共謀罪に反対します(共謀罪法案対策本部)

FATF(金融作業部会)などからも勧告がなされており、

改訂FATF勧告の概要 : 財務省

マネー・ロンダリングや麻薬密売、人身売買などを行う国際的な犯罪集団に対して、各国協力して対応していこうというところに、日本だけが応じないというのは、そもそも国際協力の観点からどうなのだというところです。確かに条約には解釈の余地があるのですが、そのように読めるということも可能だという程度の話であって、「だからうちはとりあえず対応ナシで行きます」ということで各国の理解が得られるとは思えません。日弁連の反対こそ政治的に色の付いたものだといえるでしょう。

ましてや「これからオリンピックをやろうという国が、何をいっているのだ」となるのは自然な反応でしょう。特定秘密保護法のときにも見られた政治的なデマが今回も繰り広げられているなというところです。国民を馬鹿にしているのでしょう。 

共謀罪でテロは防げるか

それでは、テロ等組織犯罪準備罪を設ければ、テロは防げるのかといえば、必ずしもそうはいえないのが実情です。

これについては、刑法雑誌(46巻2号)に掲載されていた、元大阪高検検事長の東条伸一郎氏(明治学院大学教授)の意見が的を射ていると思うので引用します。

「実務家の感覚としては、今回の経緯から見て、いずれば『共謀罪』という形で入ってくるのは間違いないと思われるが、本音では、賛成していない。法執行機関が相手にしているものは、ほとんどの場合、結果(あるいは未遂)が発生している犯罪である。捜査は、これらの結果が出た犯罪については、行為者から始まって、その背景には何があるのかということで進んで行き、共謀共同正犯にまでたどり着く。ところが、今後の共謀罪というのは、後ろの結果の部分がない。いきなり共謀のみが問題となる。結果から遡って捜査を進めてきた現場の捜査官とすれば、共謀というのは非常にやりにくい。本気になって捜査する気なら、特別の捜査官を作らざるを得ないだろう。たとえば、殺人事件があった時、犯人が捕まった、背景に何があるのか、単独犯か共犯か、共犯ならばどういう共犯なのか、という思考方法でわれわれは動いてきた。しかし、共謀罪を独立して処罰するということになると、実務家としては、捜査の端緒をどうやって掴むのかが問題になる。2人以上の人間が相談をして実行しようという実行以前の段階で、捜査の端緒を掴むのは難しいだろう。さらに、訴訟法の問題だが、捜査の端緒を掴んだ後の取調べは、供述に頼るしかない。人の内心の意思がどうであったか、意思の合致があったかどうかということの証拠は供述しかないが、結果が発生する前の段階の犯罪について、この供述の真実性をどのように担保するのだろうか。

 「条約との関係でどうしても必要だというのが立法当局の説明であるが、多国間条約を結んで、これを国内法的に実施しようとすると、実際には難しいことが多い。共謀罪は犯罪の予防に役に立つ、実害が生じる前に捕まえると書いてあるが、実害が生じている振り込め詐欺は捕まえることができているのだろうか。現在の刑法犯全体の検挙数は30%前半で長期低落傾向にある。被害届が出ている事件ですら捕まえられていない。実害が生じているものも捕まえられていないのに、実害が生じていないものをどうやって捕まえるのだろうか。

 「実務家は、客観的に起こったことをどう評価するのか、あるいは、どう証拠化していくのかに苦労している。今度、共謀罪ができるとなると実務家はかなり負担になるだろう。現実問題として、共謀罪というのは、少しら乱暴なことをしないと立件できない犯罪ではないか。」  

 実際に検察官をやっている知人などに聞いても、「共謀罪なんかはできたとしても、実際には使えない」とのことでした。なんとなれば、実体法が作られてもおとり捜査や盗聴などといった捜査手続を認める手続法がなければ張り子の虎であって、実際に捜査の端緒(きっかけ)をつかむことが実に困難だということのようです。

そもそも国際組織犯罪防止条約自体が9/11以前のものであり、テロを目的としておらず、マネロン、麻薬、人身売買などを対象としています。すでに日本はテロ対策に関する条約は多く批准しています。

実際のところ、共謀罪は、そこまで恐れるようなものでもないし、これがあれば大丈夫という特効薬でもない、といったところが実情なのでしょう。

 

建設的な議論を望む

ちなみに、過去3度も廃案となった共謀罪ですが、3回目に廃案になったときは、まさに郵政解散後の小泉内閣でして、自民党衆院に当時300議席を保有しており、小泉内閣絶頂期といっていい時期でした。

この当時に自民党が提出した法案では、主体を単に「団体」としていたり、予備行為や準備行為など、条約で言うところの「合意を推進する行為」を犯罪の成立要件としていなかったりで、かなり杜撰といっていい代物でした。

ですので、このとき民主党が出した対案のほうがより謙抑的で条約の文言にも合致したものでして、この当時の民主党は今と違ってきちんとした対案を出すことのできる野党だったのだなぁと感慨深いです。

今回も長期で懲役4年以上の犯罪を対象とすると、対象犯罪類型が676にも上るそうで、これはさすがにちと多すぎやしないかと思います。

www.sankei.com

この犯罪類型を50程度減らすという報道がなされましたが、そもそも業務上過失致死など「どうやって事前に共謀するのだろう」という犯罪が入っていたということですから、これは対象外とするのが妥当でしょう。加えて、日本ではすでに予備、準備、共謀などで処罰できるものが60近くあるそうですから、それと比べてもちょっと対象を絞ってもいいのではないでしょうか。

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さらに、1月17日付の産経では300まで減らすという話もでているそうです。そのあたりの建設的な議論が国会でなされることを望みます。

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